ラトビア移住12年目。
 
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 幸せ

夏になったラトビアである。

今年はラトビア独立100年で、さらに歌と踊りの祭典の年なので、何が何でも盛り上がるラトビアである。

 

街には民族衣装の人々が溢れ、それはもう楽しそうで喜びに溢れているのである。

歌と踊りの祭典に参加するわけでもない一般の人達も、各地方から集まってきた参加者たちを、それはもう最大の歓迎と尊敬の念を持って迎えている。そして、誰もが幸せな気持ちになるのである。

 

自分が歌うわけでも、踊るわけでもない。

それでも歌う人達、踊る人たちを誇りに思う。

 

聞いているだけで、見ているだけで幸せな気持ちになる。

それは自分たちの歌だから。

それは自分たちの踊りだから。

 

歌わなくても共に昇華できる。

踊らなくても心が躍動できる。

 

美しく健康な若者が踊る。

知恵と経験を集めた老練たちが歌う。

誰もがこの国の明るい未来を確認する。

 

外国人の管理人でさえ幸せな気持ちになる。

 

 

【2018.07.04 Wednesday 04:09】 author : 管理人
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雪の日に思う
しんしんと、しんしんと、雪が降る。
近くの家で薪を焚いている匂いがする。

雪が降ると、家の中にこもりたくなる。
雪を見ながら家の中でぬくぬくしたいと思う。

ぬくぬくしながらいろんなことを考える。

ここは暖かいけれど、外は寒い。
寒い世界に出かけていくのは億劫だけれど、
幸いなことに、その寒い世界には、寒い世界だけの特有な楽しさがある、ということを私は知っている。

頬がピリピリ痛かったり、
息で口元のマフラーが凍ったりするけれど、
雪の結晶は多種多様で、
マイナス15度ぐらいになるとダイヤモンドダストもお目見えする。

毎日毎日、同じような雪の風景も少しづつ違っている。
だから観に行こう。

そういえば、少しづつ違っているといえば、
少しづつ違っていたのは、高校生の時の海の色。
毎日少しづつ違う海の色。
心の中に広がる海の色は、秋の日の深い青。
毎日見ていたから、特別に深い青を見ることができた。
あの青に会うことはもうないだろう。

その代わり、
今の私は多彩な雪を心に刻もう。


 
【2016.01.11 Monday 06:21】 author : 管理人
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命日
今日は母の誕生日で命日である。
早いもので、もう8年も経った。

亡くなる前夜、病室で、意識のない母に歌を歌った。
母が昔よくカラオケで歌っていた歌だ。

母は聞こえていたのだろうか?

夜が明けて、病室の窓を開けると、キンモクセイの香りが入ってきた。
病室の淀んだ空気を一掃するかのように。

母はキンモクセイの香りを嗅いだだろうか?


毎年、同じことを考える。
永遠にわからない問いを繰り返す。


 
【2013.10.15 Tuesday 21:34】 author : 管理人
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変わらない?
なんと、気温が0度まで上昇したリガである。
それでも油断は大敵。
2月は一年で一番寒いはず、と気を引き締める管理人である。

ちょっと面白い論文を読んだのでご紹介。


18歳から68歳までの19,000人にインタビューして、
「過去10年間に、自分はどのぐらい変わったか?」
「これからの10年間で、自分はどのぐらい変わるか?」
という2つの質問を数値化して解析した、というもの。

結果は、どの年齢でも、

「過去10年間にこれだけ私は変わった(良くなったと思っている場合が多い)、でもこの先10年ではそれほど変わらない(もしくは悪くなっていく)と思う」

と人々は思っている、ということだった。

面白いのは、これがどの年齢でも同じ傾向だということで、
人々はいつでも
「今まで色々あったけど、こっから先はあんまり代わり映えしないんじゃないかな」
と思っているということである。
それで、論文のタイトルがThe End of History Illusionなのである。
激動の自分史終わり。
でも、そう思っているのは自分だけ、
ということなのである。

若い人のほうが
「いやー、この10年間に自分はものすごく変わったよ」
と思っている傾向があり、
年を重ねると
「まあ、この10年間でぼちぼち変わったかな」
と思っているらしい。

だが、未来に関しては、この先10年間で
「もうそんなに変わらないんじゃない?自分」
とか思っているわけである。

それでも、各年代で、過去10年間で自分は変わったよ、と思っているということは、やっぱり人は変わっていくということである。

つまり、変わり続けていくのである。

自分も、周りの人も、である。

【2013.01.30 Wednesday 19:34】 author : 管理人
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理由
癌になったりすると、大抵、皆、理由を探そうとする。
本当は、探しているのは癌になった理由ではなく、
自分が何故不幸になっているのか、という理由である。
それ故に、どんな理由を探し当てても慰めにはならない。
不幸を上塗りして行くだけである。

同じ理由でも、幸せの理由を探す人は少ない。
平穏な日々の理由も、沢山の良い人達に囲まれている理由も、である。

探すなら、そういう理由を探した方が建設的である。

【2012.01.16 Monday 18:24】 author : 管理人
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母に思う
10月15日は、母の誕生日であり、命日である。

管理人は今、46歳なのだが、母が46歳の時には管理人は22歳、大学を卒業という年である。

そうか、あの頃の母は今の管理人と同い年、と当時を思い起こしてみると、
当たり前のことながら、22歳の管理人は母を完全な大人だと信じている訳で、
どんなことも相談すれば解決してくれる、とか
どんな時にも支えてくれる。とか
思っていたのである。

だが、どうだろう、今自分があの時の母とおなじ年になって、
母のみじんにも届かない。

と、同時に、申し訳なさが押し寄せる。

母は本当に大人だったのだろうか。
もしや今の私と同じだとしたら、大人に見えても、
母は沢山のやりたいことや希望を抱えていたのではないか。
体力の衰えを感じ始めたり、更年期に入ったり、不安だったのではないだろうか。

なんてことだ。
22歳の私は、全く本質的なところで、母を思いやることができていなかったわけである。

だが、今46歳の私は考える。
22歳の娘がいたら、どうだろうと。

それは、とてもとてもすてきなことで、
子供のいない私にも容易に想像できるのである。

その子に望むのは、幸せであれということのみであるということを。
その子が何を思おうと、何を考えようと、
望むのは、幸せであれという、それだけなのである。

お母さん、

私は、幸せです。
これが私なりの親孝行です。



【2011.10.14 Friday 22:15】 author : 管理人
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ひとりじゃないってー
このタイトルの後に、

「すーてきなことねー」

と続けられたら、管理人と同じかまたはそれ以上の年代である。
答え:天地真理の歌である。

さて、今日は旦那がママからもらった風邪でダウン。管理人一人で出勤である。

今日は奇しくも金曜日なので、職場からの帰りには、週末を乗り切るだけの食料を買い出さなくてはならないのであった。

普段は助手席でのほほんと座っている管理人だが、今日はキリキリ車を運転して、買い物に回らなければならない。まあ、それはそれで、一人でショッピングなので楽しいのだが、問題は荷物の量である。

思い起こせば、独身時代、スーパーから重い荷物を抱えて駐車場から部屋まで歩くのが、「ああ、つらい」と思っていた管理人である。旦那と暮らすようになって、買い物の荷物は旦那が担当となったので、重い荷物を持って歩くということは、そうそうないのである。

というわけで、とても久しぶりに独身時代の感覚がよみがえって来た管理人なのであった。

ああ、旦那には長生きしてもらわねば。。。

天地真理の歌を口ずさみながら思う管理人であった。

いやー、なつかしい。
【2011.05.27 Friday 19:55】 author : 管理人
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